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(2014年12月20日放送)
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体験談『私が本当に捕われていたのは、エホバの証人ではなく…』

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「偽りの神からはなれて」 Y

 JWTC通信に載せたいのでと原稿を依頼された時、何を書けば良いのだろうと正直と惑いました。夫が書くか私が書くか話し合い、私が引き受ける事になりました。
我が家は夫と私、子供三人、猫二匹、埼玉県のとあるのどかな町で暮らしています。
まず、「エホバの証人」になったいきさつから書きます。私たち夫婦は若い頃から政治活動をしていました。私は専門学校の19歳の時に共産党に、夫は大学の学生運動から社会党に入党し、その後それぞれの場で国鉄労働組合の専従書記の仕事に就きました。人間の力でより良い社会に変えていこうと頑張っていました。個々の人はそう願っているのに世の中は悪くなる一方でした。何か理由があるのでは、と思い予言の本や地震のメカニズム、天体や宗教の本など読みあさっていました。しかし、答えは得られず「聖書」にたどり着くのはそれから十年後の事でした。その頃国鉄が民営化に向けて、組合つぶしが始まり、組合員が次々と脱退し、財政的に厳しくなった国労は書記を削減することにしました。当時は職場と家庭そして育児に疲れきっていました。私は民営化になった年に仕事を辞め都内から引越し致しました。のどかな環境の中で二人の子供を育て三人目を産みました。ある日、下の子を背負い二人の子供を散歩させていた時に、「エホバの証人」と出会いました。当時、私は唯物論支持者で宗教は大嫌いでしたが、ちょうど91年に湾岸戦争が始まり国際連合が動いた年だったので「預言の成就」とばかり聖書を調べ始めました。自分の知りたかった答えが全て聖書の中にある事を知り、のめり込むのに時間はかかりませんでした。夫に証言しているうちに今度はソビエトが内部崩壊しました。ソビエトを信奉(社会党左派)していた夫は「本当に終わりは近い!」と、ものみの塔研究生となりました。約二十年間所属していた、私は共産党に夫は社会党にそれぞれ離党届を出しました。私達夫婦は熱心に研究し集会も大会も休まず出席し、93年にバプテスマを受けました。やっと腐敗した人間の組織から抜け出て、地上の目に見える唯一の神の組織に入り「家族でいざ地上の楽園へ!」のはずでした。ところが月日は流れ会衆内のある出来事に遭遇してしまったのです。当時研究生だった姉妹が妊娠し異常胎児であることがわかりました。直ぐにも手術になるかもしれない、という緊迫した状況でした。
組織は輸血を拒否するよう集会のプログラムで扱い、「ものみの塔」誌でも拒否するよう信者を励ましてきたのです。研究生は信仰を覆す可能性があるので、助けの対象外だというのはおかしな話です。なぜなら信仰が深まり組織の提案に従おうとする研究生ほど、いのちの危険率は高くなるからです。この姉妹は司会者にも励まされ、医者を相手に立派に証言していましたし、長老にも経過を説明し、「無輸血で受け入れてくれる病院を紹介してほしい。研究生で扱いに困るのであれば絶対迷惑はかけないので、病院だけでも紹介して下さい」と懇願していたのです。ところが長老たちは個人的な感情もあったのか、医療委員の兄弟になかなか連絡せず「研究生だから組織に迷惑をかける可能性がある」とか「現在、かかっている産婦人科で聞いたらどうですか?」といものでした。普通の産婦人科では扱えない緊急を要する事態で、長老たちが動くのを待っていれば命の危険にさらされます。夫は他の会衆の兄弟を通して医療委員の兄弟に連絡し、病院を聞き出し、次の日、私は姉妹を車に乗せ病院に行きましたが・・・。残念な事に遅かったのかその後、間もなく胎児は亡くなりました。

 手術も済み段落してから、あまりに誠意のない長老たちに対して納得がいかず、姉妹は事の次第を日本支部に手紙を出し、巡回監督にも相談しました。ところが「当時者同士で話し合って下さい」という返事でした。巡回監督もどの程度真剣に扱って下さったか分かりません。ただ、この段階で話が公になった事を知った長老たちは慌てて、保身の為に隠蔽しようとし、経過を知っていたのに「知らなかった」「不完全だから」と言い訳をし、血の罪を認めようとはせず、謝罪も一切ありませんでした。こういう実態を見てしまった私達は関わらないという選択肢もありましたが、夫は特に情けに厚く人が困っていると見捨てておけない義理人情タイプで、見過ごすことはできませんでした。このことを知ったある長老は激怒して、巡回監督が帰ったその日トイレで三十分以上も夫に怒鳴り散らし、「最初から関わらないと決めていたんですよ!」と本音を言う始末。人の命を大切にするはずの、またそのために宣べ伝えているはずの神の組織の中で、見殺しにも等しいことが起きるなんて・・・・。どんなに長老に怒られても、私達は良心に基づいて行動したのであり、今でも恥じてはいません。その後、組織と長老に背いたという事で白い目で見られ、事情を知っている人は保身のために近づいてきませんでした。疲れてもいたので、家族で集会を休むことしました。地上で神が用いておられる唯一の組織と信じていたのに実態を知って愕然とし、心に大きな穴が開いたようでした。地上の楽園行きの車が高速道路の途中で故障してしまった感じでした。我が家の楽園行きは一体どうなってしまうのでしょうか・・・・。何も手につかない日が続いていました。ある日、数人で知人の家でお茶を飲んでいました。通りがかりに私の車を見かけた長老は、「定期的に集まっている」と勝手に憶測し、事情も聞かずに今度は背教者というレッテルを貼りました。会衆の中でそのように噂話としてどんどん広がり、それぞれに違う理由で休んでいた数家族もまとめて背教者ということになっていたようです。直後に会衆に入った特別開拓者の兄弟も、牧羊と称して訪ねてはきました。しかし、「集会や奉仕を休んでいる者は神のご意思を行なっていない」と指摘するだけでした。事情を説明したのにも関わらず聖書からの励ましも慰めも何もありません・・・・。結局、断絶する事にしました。「エホバの証人」と出会ってから17年の歳月が流れていました。今振り返ってみると当時神が、用いておられる唯一の経路と信じていましたから、組織から出るのにかなりの葛藤がありましたし、もしそうでないとすれば、自分の信仰をこれからどのように立て直せば良いのだろう、というのが次の課題でした。組織に疑問を抱いた私達は1914年の教理について調べました。集会を休んでいたので時間はありました。この機会に年表を作り、世界強国と王の統治期間そして歴史を調べると、聖書の記述とぴったり一致したのです。バビロニアだけではなくアッシリアやエジプト、メディア・ペルシャと重ね合わせるほど、聖書がいかに正確なのかを知り感動しました。間違っていたのは「エホバの証人」のほうだったのです。このエルサレムの滅びが紀元前607年ではないことがわかれば1914年、王国設立の教理が崩れます。また、その3年半後に統治体の兄弟が油そそがれて、地上で神が用いられる唯一の経路という根拠が崩れ去ってしまいます。「何があってもこの組織にとどまっていなければ楽園には行けない」という呪縛から解かれるのです。ですからエホバの証人にとっては絶対に認める訳には行かない教理であり、弱点だと思います。もしそれが信者に知られたら組織は解体するでしょう。ここ数年、私達は真剣に聖書を読み、たくさんの本を読み、夫婦で話し合ってきました。牧師さん達の忍耐強い援助、JWTCの皆さんの励まし、聖書に基づいた素晴らしい本との出合い、どれも必要な時に神様が導いてくださったと思い、深く感謝しています。今は近くの教会に通っています。神様の素晴らしい教えを、身近な人にまた愛する仲間に伝えたいと願っています。
主を愛する人は悪を憎む。主の慈しみに生きる人の魂を主は守り神に逆らう者の手から助け出てくださる。
                <詩篇97:10>

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