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(2014年12月20日放送)
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体験談『私が本当に捕われていたのは、エホバの証人ではなく…』

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「愛を以て真理を語る」  
伊豆仁田キリスト教会  牧師 森田 聡


 私は人口3万数千人程の静岡県函南町で伝道牧会しています。またキリスト教会は唯一つです。そこにも王国会館はあり、エホバの証人をよく見かけます。始め彼らは、異端であると拒否していましたが、10数年前にAさんが相談に来られました。「自分の娘が「ものみの塔」に入っている。何とかしてほしい。」との相談でした。その時から私たちのキリスト教の教理と「ものみの塔」のそれとはどう違うのだろうかと、ウイリアム・ウッド先生や草刈定雄先生の資料などを購入し、それらのコピーをAさんから娘さんに渡してほしいと伝え、それを読んでくれたら判ってくれるだろうと簡単に考えていました。ところがところが、そう簡単にはいかなかったのでした。それからは真剣に取り組むようになりました。地域の牧師や妻がエホバの証人となっている人たちとの集まりにも参加しました。また毎週水曜日の午後、長老の一人と約半年ほど教理論争をいたしましたが、すべて平行線でした。それからエホバの証人の方々に対して方向を変えるようになりました。私はカウンセリングを学んでおりましたので、そこから観るようにしたのです。JWTCなどで聞いたり出会ったりした元エホバの証人の人たちの多くは、ものみの塔の教理が素晴らしいと考えて入ったのではないと思いました。先のAさんの娘さんもそうでした。夫の転勤と共に知らない町に行きだれも知り合いがなく、夫も仕事で忙しくしており話を聴いてくれない生活の中で、孤独な日々を過ごしているときに、訪ねて来てくれたエホバの証人の人が、いろいろ話を聴いてくれたことがきっかけでした。そのように夫婦の関係、また親子の関係、嫁と姑の関係等などです。 私が関わっていた一つのケースですが、夫の両親と同居しており、嫁と姑の問題で悩んでいた妻(C子)が夫に訴えたところ、夫は自分の親の立場に立って、妻の言い分を聴いてくれなかった。そのようなときにエホバの証人が訪ねてきて自分の心を解ってくれた。そして聖書を学び、よい妻になったら夫も解ってくれるだろうと思い研究生となり、さらにバプテスマを受け伝道者になりました。それから夫の家族また妻の実家も猛反対しC 子さんを責めるようになりました。私はご主人から相談されたときに、同居をやめて別なところで親子4人家族となり、出直したらどうかと話しましたが聞き入れてくれませんでした。その結果、C子さんは離婚という道を選択しました。私は彼女の新しい職場を知っていましたので、2年後に彼女に会いに行きました。「以前、ご主人にこのように提案したけれど聞いてくれませんでした。」と、話したところ、彼女は夫にそのような優しさがあったら今の状態にはなりませんでしたと、私の前で涙を流しました。「しかし今は王国会館の中の人間関係ができてしまっているので…。」と話してくれました。教理以前に人間関係で悩み、そこにたまたまエホバの証人が訪ねて来て話を聴いてくれたことが、ものみの塔に入るきっかけなっている場合が多いのではないでしょうか。


 以下に私なりのアプローチを述べたいと思います。 まず愛ですが「愛」という漢字の中から心の部分を出しますと受けるという字とよく似た字が残ります。教理論争でなく、その人の心を愛し受け留めたいと思います。また「優しい」という漢字ですが、右側は憂欝の憂であり「うれい」です。その傍らに人偏すなわち人が立っています。憂いで悲しんでいる人の傍らに立ちたいものです。次に理解ですが理解の「理」はことわりであり道理、筋道でしょう。理屈、理論で相手を責めて裁くのでなく、英語で理解するはunderstand、すなわちアンダー(下)に立って支えることです。「しじ」も指示ではなく支持(サポート)が必要です。エホバの証人は決して不真面目ないいかげんな人ではありません。真面目で素直です。ですから組織の言うがままに操られてしまっています。彼らも救われなければならない魂です。彼らを憎むのではなく愛を以て真理を語りたいものです。そのためには相手の言葉をただ表面的に「聞く」のではなく熱心に「聴く」ことが大切です。そのときにその人の心の奥深いものを感じ取ることができるでしょう。私は今までに教理論争をしても解決してことはありませんでした。私なりのエホバの証人に対する姿勢です。その時は解ってくれないとしても、彼らが迷ったり、疑問を感じた時に、彼らの心を動かすのは愛と祈りです。

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