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FEBC

(2014年12月20日放送)
特別オンエア中!
体験談『私が本当に捕われていたのは、エホバの証人ではなく…』

投稿者 : jwtc 投稿日時: 2017-07-13 05:14:23 (43 ヒット)

暑い真夏日の一日、今学期最後のクラスでした。礼拝では、創世記5章、10章、11章の3つの系図から、「人間の堕落の中で貫かれる神の恵み」というメッセージが取り次がれました。創造時に「よし」とされた被造世界が、人間の堕落後にどのように変わったのかという問題が取り上げられました。堕落という悲しい出来事があっても、この世界に対する神の愛と恵みは少しも揺らぐことはないことを知り、とても参考になりました。そう考えて生きると、とても楽になります。

その後のクラスでは、キリスト教に対して日頃持っている様々な疑問について、互いに分かち合い、考え合う時を持ちました。さらにトニー・ワグナー著『学校の未来』という書物から、学校で学ばねばならないのは知識の詰め込みではなく、現実の社会が求めていることであり、それは7つあるということを学びました。高校での学びは無論のこと、大学や神学校、さらには教会学校やユースの教育などについても通じるものがたくさんありました。こういう問題をよく知って、クリスチャンとして生きていくことの大切さを学び、感動しました。

今日で、一学期の学びが終わり、夏休みに入ります。しばらく皆さんにお会いできないことはさびしいことですが、夏休みには普段したいと思っていて出来ないことにトライしようと思っています。

皆様も、お体を大切に。


投稿者 : jwtc 投稿日時: 2017-07-07 06:50:57 (39 ヒット)

昨夜から日本列島を襲っていた台風も収まり、今日は真夏日のような暑い一日でした。礼拝では、ペテロの手紙第一2章9-10節より「王的祭司であるクリスチャン」というメッセージが取り次がれました。この箇所に出てくるクリスチャンに与えられた「選ばれた種族」、「王である祭司」、「聖なる国民」、「神の所有とされた民」という4つのタイトルは、旧約聖書のイスラエルの民に対して使われた称号と同じものだそうです。つまり、旧約聖書と新約聖書は、同じ一つのストーリーが展開されていることになります。私は、「教会はイスラエルに取って代わった」という置換神学を教わってきましたので、非常にびっくりしました。もし「一つの物語」として読むなら、これまで私が信じてきた「福音」はかなりいびつなものだったと感じます。大きな宿題を抱えました。
午後のクラスでは、エホバの証人の元長老のIさんが、最近はやりの「フェイク・ニュース」という問題について話してくださいました。偽の話には、悪意に基づくものと善意から出てくるものとがある、ものみの塔の偽りは一部の真理を拡大して全体そのものであるかのような話を悪意からなされたものであるという話にとても説得力がありました。その後のクラスでは、エホバの証人出身者が、ものみの塔の実態について様々な角度からの情報を分かち合ってくださいました。私にとっては知らないことばかりで、とても有益な学びでした。

ありがとうございます


投稿者 : jwtc 投稿日時: 2017-06-29 05:44:16 (47 ヒット)

今日は、梅雨の真っただ中、小雨降る中でのクラスでした。礼拝では、コリント人への手紙第二3章より「律法と御霊の対比」というメッセージが取り次がれました。ユダヤ教には過越の祭、七週の祭、仮庵の祭の三大祭があります。七週の祭は過越の祭から50日目で、ペンテコステ(50の意味)と言われ、聖霊が下された日です。ラビ伝承は、ペンテコステの日にモーセ律法が与えられたとされています。すると、律法と御霊の両方の働きがどのように似ており、どのように違うのかが問題になりますが、コリント人への手紙第二3章は、その問題が論じられているという解説には目からうろこでした。

クラスでは、中澤先生が先日訪問されたアメリカのペンシルバニア州エリの町のグレース教会に関するレポート(その2)がありました。今後、大野教会がグレース教会と姉妹教会としての交流を発展させていくのに必要な情報がたくさん与えられました。特に、3つの場所を異にする教会が「一つの教会」であるために、どんなことを努力しているのかをお話しくださり、参考になりました。特に、教会のアイデンティテーをつくるものは、聖書のグランドストーリーを信じ、受け止めることにあるというお考えには納得しました。

今日も大変すばらしい学びをありがとうございました。


投稿者 : jwtc 投稿日時: 2017-06-22 19:41:00 (58 ヒット)

今日は、台風か嵐が来たかのように、激しく雨が降り続く一日でした。にもかかわらず1時間以上も前から熱心に学びに来られた方々をはじめ、普段来られない方々も加わわって、充実した学びをもつことができました。礼拝では、マタイの福音書25章14節〜30節より、「タラントの例えから人生の意義を学ぶ」というメッセージが取り次がれました。中澤牧師がこの聖書箇所を牧会の基盤に置いて働いて来られたことを知り、驚きました。「牧会とは、結局信徒の一人一人が自分の賜物を生かして自分の人生を全うすることに尽きる」という話は、とても説得力に富んだもので、なるほどなと感動しました。

その後のクラスでは、中澤先生が先週アメリカのペンシルバニア州のエリという町の教会を訪問され、経験されたさまざまな出来事をお話くださいました。7年前600人だった教会を今日2000人の教会へと導いた秘訣はどこにあるのかを、さまざまな角度から検証して、大野教会の直面している課題に参考にしていこうとする意気込みには頭が下がる思いでした。日本の教会とアメリカの教会の事情はまったく違うでしょうが、それでも両者に共通する点もたくさんあることがよくわかりました。私も、自分の教会をどのように成長させていったらよいのか、普段から考えていましたので、今日の講義はとても参考になりました。来年もしエリの教会を訪問する企画があれば、ぜひ参加させていただきたいと強く思いました。


投稿者 : jwtc 投稿日時: 2017-06-08 07:08:28 (115 ヒット)

今日は、旅行や会議などのため欠席される方々も多かったのですが、新しい方々も加わり、いつものとおりよい学びの時になりました。礼拝では、ローマ人への手紙8章1節から11節より「聖霊が与えられたことの意味」というメッセージが取り次がれました。今週日曜日(6月4日)はユダヤ教では「七週の祭(ペンテコステの祭)」の日で、律法が与えられたことを記念してお祝いする日ですが、新約聖書では聖霊が与えられたことを記念してお祝いします。コリント人への手紙第二3章は、「律法と御霊の比較」を展開しています。ユダヤ教とキリスト教の連続性と非連続性について、多くのことを考えさせられました。

その後のクラスでは、「聖書を証言的な書物」として理解するのと、「聖書を物語的な書物」として理解するのと、どちらがより的確なことなのかという問題が取り上げられました。「物語」という言葉をどのように定義するのかに全てはかかっていると思っていましたが、そもそも「物語」を定義すること自体が現代的な問題意識から出発しているのだという指摘にはびっくりしました。古代の世界では、「物語」が唯一の普遍的なコミュニケーション・ツールであったという説明には、なるほどと納得しました。このような作業を通して、聖書とはどういう性格の書物なのか、神学とはどのような学問なのかという問題を深く考える機会になりました。ありがとうございます。


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