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FEBC

(2014年12月20日放送)
特別オンエア中!
体験談『私が本当に捕われていたのは、エホバの証人ではなく…』

投稿者 : jwtc 投稿日時: 2017-05-25 06:43:09 (6 ヒット)

今日も真夏日のような暑い一日でした。新しい方々も多数出席され、活気溢れた学びの日となりました。礼拝では、ローマ人への手紙5章12節より「原罪の教理は聖書的なのか」というメッセージでした。一般にキリスト教の神学では、人間は罪を犯したから死が生じたと考えられていますが、この聖書箇所の最後の部分は、人は死んでいるから罪を犯すのだと読むのが正しいそうです。すると、ここでいう「死」とは肉体の死ではなく、神から切り離された状態を指しているということになります(エペソ人への手紙2章1-3節参照)。すると、人間は神から離れて死んだ状態にあるから罪を犯すのだという意味になります。午前のクラスでは、サタンや悪霊はいつ造られたのか、その実体はどのようなものなのか、という問題が論じられました。

午後のクラスでは、大野キリスト教会のYさんが、ご自分の歩みを証してくださいました。66年間の歩みを振り返えられ、ご自分のこと、奥様のこと、お子さんのことなどさまざまな問題を分かち合ってくださいました。どんな状況に陥ったとしても、決して諦めないで問題を解決しようと努力されてきた姿に、大きな感動を覚えました。クリスチャン一人一人は、日々神との関わりをもって生きています。その関係を知的に整理して理論化したものが神学です、したがって、すべてのクリスチャンは自分の神学をもっているので、自分のストーリーを語ることが大切だということが、だんだん分かってきました。

こんな学びを与えてくださっているJWTCの関係者の皆様に心から感謝しています。


投稿者 : jwtc 投稿日時: 2017-05-17 20:21:53 (38 ヒット)

今日は小雨のぱらつくお天気でしたが、すばらしい学びの時をもちました。礼拝では、創世記12章1-3節より「アブラハムの子孫」というメッセージが取り次がれました。アブラハムの子孫とは、旧約聖書ではイスラエルのことですが、新約聖書ではキリストのことであり、クリスチャンのことだというお話でした。聖書全体が「神の贖いの物語」であるという説明が、次第に違和感なく聞けるようになってきました。その後のクラスでは、ディスペンセーショナルな聖書解釈の問題について質問があり、ご一緒に考えました。

午後からのクラスでは、エホバの証人の元長老Iさんが、「嘘には二種類ある。本当の嘘と一部の真実を全体の真実であるかのように話す嘘とである」という話をしてくださいました。その後、エホバの証人の問題についてさまざまな角度から話し合いました。ある地方で、相当数の背教事件が起こっているという報告には、ショックを受けました。組織も末期的症状が生じているのだなあ、と感じました。かってのエホバの証人たちの仲間が、一日も早く組織から出てくることを祈らざるを得ませんでした。


投稿者 : jwtc 投稿日時: 2017-05-12 09:03:05 (44 ヒット)

今日は雨降りの一日でした。しかし、クラスには熱心に学ぶ人たちが大勢参加され、すばらしい学びのときをもちました。礼拝では、創世記12章1節から4節より、「アブラハムへの祝福」というメッセージが取り次がれました。この箇所には、5回「祝福」という言葉が出てきます。それは、1章から11章までに出て来る5つの「呪い」に対応していると学びました。ただそれだけでなく、1章から2章の創造の記録において7つの「よしとされた」と、3つの「祝福」が出てくるので、アブラハムへの祝福は、そこへの回帰が意識されているという解釈には、なるほどと感動しました。続く午前のクラスでは、聖書を物語として読むこととディスペンセーション的な聖書解釈の違いについて解説がありました。

午後のクラスでは、中澤牧師がクリスチャン新聞に連載中の「NTライトの神学」の書物から学びました。福音派のクリスチャンたちは、ライトの歩みや神学的な立場、その生涯や信仰者としての在り方や考え方から謙虚に学ばねばならないという姿勢に対して、深く考えさせられました。神学とその人の人格的なものとは切り離すことは出来ないということはその通りだと思いました。このような記事を通し、あるいはJWTCのクラスを通し、中澤牧師が福音派に遺産として残さねばならないと考えていることがだんだん分かってきました。先生には、命あるかぎり、その使命を果たしていただきたいと祈らせられました。感謝です。


投稿者 : jwtc 投稿日時: 2017-04-27 07:26:10 (93 ヒット)

今日は今学期二日目のクラスでしたが、20名ほどの方々が集われ、すばらしい学びの時をもちました。礼拝では、出エジプト記32章13節及び33章1節より、「出エジプトの出来事の背後にあったこと」というメッセージが取り次がれました。出エジプトは、単にイスラエルの民がエジプトの奴隷状態からの解放された物語なのではなく、神がアブラハム、イサク、ヤコブと結ばれた「契約」に基づいて行われた出来事です。モーセ五書と言われている書物がどのような成立過程を経て今日の形になったのかを、古代オリエントの背景の文書から教えていただいたことは大変興味深いものでした。またその後のクラスでは、聖なる四文字「テトラグランマタ」がイスラエルとの契約を表す神のタイトルだったことを教えていただき、エホバの証人時代に長い間もっていた謎が溶け、スッキリしました。

午後のクラスでは、大野キリスト教会のSさんが、ご自分の歩みを証してくださいました。60年間の歩みを振り返えられ、神様に感謝したい歩みだったとの言葉に感動しました。また、最後の部分で、素粒子理論を用いて「(キリストは神であり、人であるとの)キリストの神人二性論」を解説してくださいました。Sさんならではの興味深いお話でした。自分が神様と出会い、その神体験に基づく聖書解釈とそれを体系化したものが「その人の神学」だということが少しずつ理解できるようになりました。さらに他の人のストーリーをもお聞きしたくなりました。

ありがとうございました。


投稿者 : jwtc 投稿日時: 2017-04-20 02:14:44 (101 ヒット)

今日は真夏日のような暑い一日でした。礼拝では、コリント人への手紙第一15章全体より、「イエスの死と復活は被造世界の革命記念日だった」というメッセージが取り次がれました。この章はキアスムス構造になっており、その中心は24節から27節です。そこでは、「終末の日には、キリストの支配する神の国が父なる神に返されることにある」と話されました。私は今日まで、イースターの説教をたくさん聞いてきましたが、このような聖書の読み方は初めてで、本当に驚きました。特に、イエスの十字架と復活にこれほどの深い意味があろうとは、まさに目からウロコでした。

午後からのクラスでは、元長老のIさんが「交流分析「を通してエホバの証人の精神構造を解説してくださいました。その後、クラスに参加しているエホバの証人関係者たちが最近それぞれの会衆の中で起こっている問題を分かち合ってくださいました。特に最近のものみの塔本部は、幼児性愛の裁判の費用を賄うため、寄付に対する締め付けが極めて厳しくなっているようです。私自身はエホバの証人としての経験がないので、組織の実態が腐りきっていることを知らされ、ショックを受けました。一人でも多くのエホバの証人の方々が救出されるようにと、皆でお祈りをささげました。


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