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FEBC

(2014年12月20日放送)
特別オンエア中!
体験談『私が本当に捕われていたのは、エホバの証人ではなく…』

投稿者 : jwtc 投稿日時: 2009-09-30 18:27:50 (1108 ヒット)

 今日は久しぶりに白石多美出先生でした。とてもお元気そうなお姿に、大変嬉しく思いました。
 白石先生はシンガポールにある日本人教会(SJCF)からお招きを受けて、9月15日〜21日まで、礼拝や修養会、家庭集会等、たくさんのご用をされました。とても素晴らしい交わりのときを過ごされたご様子で、楽しい現地での兄弟姉妹たちとの学びや交わりを証ししてくださいました。白石先生が、今回の訪問のメインテーマに掲げておられた、「人生は出会い」という素晴らしい体験を、白石先生ご自身が一番体験されたのでは?と深く思わされました。また、シンガポールの皆様は、中澤先生とは全くタイプの違う白石先生からたくさんの恵みを受けられたことでしょう!
 今日の礼拝メッセージは、ローマ人への手紙5章1節〜11節から、苦難を主とともに忍耐し乗り越えたとき、練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すことを学びました。苦難を主とともに乗り越えたときに与えられる神からの希望。これは信仰者に与えられる恵みであることが深く心に落ち、神の喜びと平安を得ることができました。
 午前の学びは、「人生の難題はこうして乗り越えよう!」リックウオレン著P184から、サムソンの失敗から学びました。失敗を重ねているサムソンを神は見捨てることをせず、深く哀れみ続け、最後まで守られたことに、改めて信仰に導かれたことの恵みの大きさを覚えました。「私たちの最善と本当の可能性をご存じなのは、神だけです。」と言う言葉が心に残りました。
午後からは、「カウンセリングノートより」賀来周一先生著から、学びました。
 神様にしか分からないことは神様に任せる。正しく悲しむことはとても大切なことであること。悲しみも神からの賜物。など、とかくクリスチャンは、こうあらねばと生きてしまいがちですが、自分の感情を出して、悲しいときには頑張らないで、悲しんでも良いことなどを知ることができました。
また、病と癒し、救いとの関係を正しく学ぶことができました。
失ったものは数えない。今ある恵みを数える。それは慰めであり、信仰の恵みである。数え始めると恵みの方が大きいことに気づくなど。また、親子の在り方を学びました。
 白石先生のカウンセリングの学びから、毎回小さい律法的なクリスチャン生活ではなく、神の愛の中に生きるダイナミックなクリスチャンとしての生きることの素晴らしさを具体的に学ぶことができます。ほんとうに感謝いたします。このような解放されたクリスチャンに少しでも近づけることを祈りながら・・・。


投稿者 : jwtc 投稿日時: 2009-09-16 18:54:12 (1096 ヒット)

今学期の二日目、9月16日のクラスも天候に恵まれ、すばらしい学びの時となりました。
礼拝では、ヨハネ7:37-38より、クリスチャンの信仰生活にとってもっとも大切なものは、祈りとか、聖書を読むとか、礼拝に出席するというようなことではなく、聖霊の働きにあずかって歩んで行くことにあるとの説教がありました。特に、仮庵の祭りと「水」との関係が詳しく説き明かされ、イエスが「渇いた者は来て、水を飲め」と大声で叫ばれたことの真意がよく理解できました。
午前のクラスでは、受講生から「神が悔いる」とか、「神が考えを変える」という聖書の表現は文字通りに解釈するのがよいのかという質問が出されました。この問題は、アメリカの福音派の教会と神学校において「Open Theism」というテーマで、この10年間論争され続け、一応の決着をみたということでした。
午後からは、鳩山新首相夫妻の宗教観について受講生から質問があったが、中澤先生は、公人であってもそれぞれが個人的にどのような信仰をもっても全くの自由で、それ自体を問題にすべきではないと言われた。続いて、「ものみの塔誌」11月1日号の「聖書だけが生き残った」という記事と、「エホバの証人はプロテスタントの一派ですか」という「読者からの質問に答える」というコラムが取り扱われました。ものみの塔は、すべてを自分たちに都合のよいように定義し、独特の論理で展開するグループであることがよく分かっりました。


投稿者 : jwtc 投稿日時: 2009-09-09 21:26:08 (1105 ヒット)

二ヶ月に及ぶ夏休みが終わり、今日(9月9日)、待望の二学期が始まりました。礼拝では、ヨハネ7:40-52より、イエスを取り巻くユダヤ人たちがイエスをどのように理解するかをめぐって分裂が生じたことについて解説されました。イエスが行われた数々の奇跡はイエスが神であることを示すしるしだったが、奇跡を見た人々が皆、そのように理解したわけではありませんでした。人は先入観があるので、イエスを正しく理解するのは難しいことなのですね。
クラスでは、受講生のkさんから「1Q84」へのコメントが届けられたので、紹介されました。kさんらしいとても興味深いものでした。KさんやTさんからの質問に、中澤先生が答えてくださったものを、このホーム頁にも紹介させていただきました。村上春樹【1Q84を読んで】のニュースレターをご覧ください。続いて、最新号の「ものみの塔誌」11月1日号が取り上げられ、ものみの塔組織が強調している「6つのキリスト教の間違い(霊魂は不滅である、不信者は地獄で永遠に苦しむ、信仰者は皆天に行く、神は三位一体である、マリヤは神の母である、神は絵や像を用いて崇拝することを許している)について解説されました。中澤先生は、「ものみの塔とキリスト教のどちらの教えが正しいか、という問題設定は止めたほうがよい。」まず、自分たちが教えられ、思い込んできた考えを捨て、そのテーマについて聖書がどのように教えているかを虚心坦懐になって聞き取ることが大切である。そういう態度をもち続けるなら、エホバの証人との対話が可能になり、聖書の真理を読み取ることができるようになる、と講義されました。
そのほか、M兄が横浜の開港当時のレポートや、今夏の地域大会の様子が参加者によって紹介されました。
今日は、現役のエホバの証人やエホバの証人二世、さらに初めてのご家族の方も出席され、にぎやかなクラスでした。その交わりは、クラス終了後も、お隣の喫茶店で続いたようです。


投稿者 : jwtc 投稿日時: 2009-07-23 21:06:13 (1505 ヒット)

礼拝メッセージはメインメニューの音声メッセージからお進みください(ヨハネ7:25-36)

JWTC夏の移動教室が、7月22-23日(水-木)、静岡県富士市にある「富士山YMCAグローバル・エコ・ヴィレッジ」で開催されました。
一日目の礼拝では、中澤牧師が「皮相的な見方をしている二つの例」という題でヨハネ7:25-36よりメッセージを取り次いでくださった。その後、出席者全員が自己紹介をし、ごものみの塔の組織から抜け出てた、ご夫妻が家族の絆を築き直すというプロセスを証ししてくださった。
さらに地元でカルトの問題で悩んでいるご家族のカウンセリングをし続けてこられた萩原牧師と森田牧師より活動報告をお聞きしました。カルト化した教会の裁判とその後の状況について関わっている姉妹が報告してくださいました。
 夜は、日本基督教団のカルト対策を担当している斉藤篤牧師(岩本教会牧師、元エホバの証人)より「カルトから抜け出た人々に対して
どのような点を注意しながら接したらよいか」という大変示唆に富んだ講義をいただいた。
今回中澤牧師は、一日目と二日目にわたり、合計5時間近くにわたって、最近話題になっている村上春樹の「1Q84」という小説を取り上げ
られた。先生は、この小説が、エホバの証人の信仰、教義、聖書理解、二世が社会に適応していくときの困難、証人の子供たちが学校で
出くわすいじめ、子供たちは輸血拒否に対する判断力をもっていないこと、カルトが幼いときに与える影響が大人になってどのように現
れるのか、といったエホバの証人に関わる問題を具体的、かつ詳細に取り上げていることを指摘された。そして、村上がどうしてここまでエホバの証人問題に関わろうとしているのか、ということを問題にし、先生なりの仮説を展開されました。
日本では今後、いろいろな方々によって村上春樹とその小説が論じられることになるだろうが、中澤牧師の分析と洞察はきわめてユニークなものになると思わされ興味深いものとなりました。


投稿者 : jwtc 投稿日時: 2009-07-16 09:06:46 (1448 ヒット)

礼拝メッセージはメインメニューの音声メッセージからお進みください(ヨハネ7:14〜24)

7月15日は、御茶ノ水で開かれる今学期最後のクラスでした(来週は、富士市で移動教室)。
礼拝では、ヨハネの福音書7章の14節から24節より、「うわべで人を裁かないで、正しい裁きをしなさい」というイエスの言葉をご一緒に
考えました。イエス時代の宗教指導者は、イエスが安息日に病人をいやされたことを批判したが、それにに対しイエスは、彼らが安息日で
あっても割礼を授けていることを指摘し、安息日に人を癒したとしても律法に違反するわけではないと反論された。そして、表面的な既成概念で法を適用するのではなく、ものごとの一番大切な点を見極め、愛を持って的確に判断するよう勧められたのである。深く考えさせられるときだった。
午前中のクラスでは、受講生から質問のあった村上春樹の話題作「1Q84」の解説があった。主人公の一人(青豆という女性)が子供時代エホバの証人と関わりがあったことの意味についてともに考えた。こういう小説が真正面から取り上げられるところがJWTCのいいところかな、と思わされた。
午後のクラスではまず,8年ぶりにJWTCに出席された元長老の石坂さんがどのように組織から脱退したかを証詞してくださった。(続いて野村さんが(不活発のエホバの証人として在籍)最近の「ものみの塔」誌より「思慮深い忠実な奴隷級」の解釈が変更されていることを解説してくださった。主の記念式の表象物にあずかる人々(全部で14万4千人)が、このところ毎年増えている(本当は減らなければならない)ため、組織は1935年に天に行く人は終わったという説明を引っ込め、新しい解釈を提示しなければならなくなっているわけである。ものみの塔という組織が、自分たちが教えたい教理をつくり出すため、聖書を勝手気ままに解釈しているグループであることが、ますます明らかになったひと時だった。


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