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FEBC

(2014年12月20日放送)
特別オンエア中!
体験談『私が本当に捕われていたのは、エホバの証人ではなく…』

投稿者 : jwtc 投稿日時: 2017-10-12 07:01:19 (24 ヒット)

今日は、ちょっと暑さを感じさせる秋晴れの一日でした。礼拝では、エペソ人への手紙1章3-14節より、「世界が創造される以前の出来事」というメッセージが取り次がれました。神の贖いのご計画は、天地創造以前から神によって計画されたものであることを知りました。しかも人は、神と共に被造物を治めるために造られ、神の祝福にあずかり、神の栄光をほめたたえる目的で救われたということです。こういう人間観については、これまで私はあまり深く考えたことがなかったので、とても感動しました。こういうキリスト教なら、自分も信じてもよいなあと確信しました。

その後のクラスでは、先日大野教会で開かれた「文化イベント」やアメリカのエリ市から訪問してくださったグレース教会の方々との学び会や交流会についての感想や反省などが分かち合いました。私は、絵画や彫刻、習字、芸術作品などを見ながら、教会の方々は多彩な方が多いのだな、と感動しました。また、グレース教会の歴史、組織、宣教や教育などについての感想や疑問、反省や将来のための希望などを述べあう時をもちました。皆さんのお話を聞きながら、一つの出来事に対してでも、それぞれの受け止め方は全く違う場合もあることを知り、とても参考になりました。

JWTCのクラスでは、物事を多角的にとらえることや自分とは違う意見をそのまま受け入れ、理解しようと努力することの大切さを学んでいます。今日もクラスを通して、自分の信仰や考え方が大きくなったような気がしています。

皆様、本当にありがとうございました。


投稿者 : jwtc 投稿日時: 2017-10-05 18:27:54 (31 ヒット)

今日は秋晴れのすばらしいお天気の一日でした。今日は、アメリカのペンシルバニア州エリの町にある「グレース教会」から来日された6名の方々との交流の時をもちました。礼拝では、創世記12章1-2節を中心に「神の召命の3つのステップ」というメッセージが、ブライアン牧師によって取り次がれました。神の召命は、,垢戮討里海箸示されるわけではないが、一歩一歩従っていくときにすべてが明らかになること、∈て颪粱気にぶつかって迷うことがあっても乗り越えていくこと、神様が必要な知恵と力を備えてくださり、完成してくださることに信頼することだと話してくださいました。とても分かりやすく、大きなチャレンジを受けました。

続いてのクラスでは、元エホバの証人だったアトキンソン牧師他4名の方々が、それぞれご自分の証をしてくださいました。皆さんの神様との出会いや、神様の召命に応えてご自分のなすべき任務を果たしておられる姿に、大きな感動を与えられました。お話をお聞きしながら、私も、長い間クリスチャン生活を送るなかで直面した出来事を一つ一つ思い出して、大きな感動を覚えました。その後エリ教会の様子をお聞きし、教会とはどのようなものなのかを深く考えさせられました。また、単純に神様に従っていくことの大切さに気付かされ、信仰の原点に戻されました。

すばらしい学びの時をもたせていただいたことに、神様に心からの感謝をささげました。


投稿者 : jwtc 投稿日時: 2017-09-28 06:14:05 (35 ヒット)

今日は過ごしやすい秋の一日で、楽しい学びの時をもちました。礼拝では、ローマ人への手紙1章1-7節より、「福音とは何か」というメッセージが取り次がれました。これまでキリスト教会が告白してきた福音理解は、聖書が明らかにしている福音理解とはかなり大きなずれがあるのではないかという問題提起には、そうだなとうなずける部分といまいち理解できない部分とがありました。今学期は、このテーマを追いかけながらローマ人への手紙を学び続けるということですので、とても楽しみです。

その後のクラスでは、千年王国や艱難時代をどのように考えたらよいのか、ディスペンセーショナルな聖書解釈の問題点は何か、聖書が説いている「神の国」とはどのようなものなのか、NTライトの義認論は従来の義認論とどこが違うのか、などの質問が受講生からあり、その一つ一つに丁寧な説明がありました。私はこれまで神学にほとんど興味がなかったのですが、このクラスを通して神学の重要性と面白さを存分に教えていただきました。クラスを受講することによって自分の信仰が豊かになり、日々解放された歩みができるようになりましたので、とてもとても感謝しています。


投稿者 : jwtc 投稿日時: 2017-09-21 20:00:15 (44 ヒット)

今日は、台風一過の後の蒸し暑い一日でした。今日のクラスには、エホバの証人関係者や福音派の牧師たち及びクリスチャンたちがたくさん集い、楽しい学びの時になりました。礼拝では、ガラテヤ人への手紙1章13-14節より、「パウロの背景から信仰義認を考える」というメッセージが取り次がれました。今年は、宗教改革500年を記念する年です。ルターが説いた「信仰義認」は、パウロが聖書で教えている「信仰義認」と中身は同じなのかという、とても興味深いお話でした。パウロは、紀元前後1世紀のユダヤ教パリサイ派のシャンマイ派に属し、神の恵みの契約のもとで生きながら律法を厳格に熱心に守っていた人物でした。従って、パウロの考えていた「信仰義認」の中身は、ルターがカトリックの世界で到達した「信仰義認」とは、かなり違っている部分があるということでした。なるほどと思う部分もありますが、まだよく分からないこともありました。

その後のクラスでは、朝日新聞のアンケートによれば、「56パーセントの人々が、自分の葬儀をしなくてもよいと考えている」という紹介があり、お互いに自分の葬儀について考えようとの問題提起がありました。中澤牧師は、ご自分の遺言状を披歴され、ご自分の葬儀についてのお考えをはっきり述べられました。それが契機になって、出席者は皆、自分の最後についていろいろ考え、話し合いました。

午後のクラスでは、エホバの証人の元長老石坂さんが「ものみの塔組織の寄付の問題」を取り上げてくださいました。組織はお金に関して「きよい」と宣伝しているけれど、実際には真逆のことをしているとのことです。その後は、エホバの証人だった方々から、積極的なレスポンスが続きました。私はこれまで、エホバの証人とはあまり関わりがなかったので、聞くことのすべてが新鮮で、驚くことばかりでした。

今日もすばらしい学びでしたが、このような学びをもっともっと大勢の方々に聞いていただきたいと心から思いました。


投稿者 : jwtc 投稿日時: 2017-09-13 21:21:08 (50 ヒット)

長い夏休みが終わり、今日から2学期のクラスが始まりました。新しい方々、久しぶりの方々も加わり、活気あふれる学びの時となりました。礼拝では、詩編8篇より「人間とは何者なのか」という、人間にとって最も根本的な問いについて、聖書全体から考えました。特に、「このような問いに対する答えを明らかにするために、神からのメッセージが物語的に啓示されているのが聖書である」という説明には、なるほどなあと考えさせられました。

その後のクラスでは、宗教改革の「聖書のみ」、「信仰のみ」、「万人祭司」の3つの原理が、21世紀の現代においてどのように理解されるように変化したのかという問題をお聞きしました。近代から現代に至るまでのキリスト教の歴史を背景にしながらの説明は、とてもよく分かりました。今はポストモダンの時代(真理とは、絶対的なものではなく、相対的なものであると考える時代)であるという意味を考えさせられました。「ポストモダンとは、ポストツルースの時代であると」いう説明は、私が今まで考えたことのないものだったので、興味深い話でした。今日の学びは、私には全部を理解する力はないと感じました。しかし、漠然としてですが、先生の言われることが何となく、分かるような気がしています。今学期の学びに真剣に取り組もうと決心して、クラスを後にしました。

事務の皆さまのご労に心より感謝いたします。


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