2016年11月16日の授業から

寒くはなりましたが、今日も秋晴れの過ごしやすい一日でした。礼拝では、創世記2章15-16節より「神が人間を造られた理由」というメッセージが取り次がれました。神は人間に地を耕させ、エデンの園を守るように命じ、どの木からでも食べてよいと言われました。多くのクリスチャンは、この部分を読み飛ばし、17節の善悪を知る木の話ばかりに注目している、そこから人間の罪、キリストの赦し、天国に行くという福音理解に結び付けている、しかし人間がエデンの園で地を耕し、園を守る使命が与えられたことこそ、福音の本質が隠されている、と語られました。この箇所の「耕す」とか「守る」という言葉は祭司に対する用語で、この世界は神殿、エデンの園は聖所、園の中央の生命の木と善悪の木は至聖所に相当するという解釈を初めてお聞きしました。聖書の読み方が今までとは全く違うことを知り、少々の戸惑いを覚えましたが、とても納得いく解釈だなと思わされました。

続く午前のクラスでは、神はなぜ善悪を知る木を置かれたのか、聖霊のバプテスマとはどういう意味かなどの質問があり、それに対する回答がありました。さらに午後からのクラスでは、JWTCに長く関わってくださったKさんが、ご自分が歩んできた道、2年前に亡くされた奥さんのお話、ガンの治療薬、アメリカの大統領選挙、ポストモダン社会にまつわる問題など、幅広い楽しいお話をしてくださいました。そして、JWTCの事務局の働きに多大な貢献をしてくださった奥様の生涯を偲ぶ時をもちました。それは、新天新地で復活されるK姉にお会いする希望を確かめ合う、すばらしい時でした。神様が私たちに与えてくださった福音とは、本当にすばらしいものであることを実感しました。